MWAVEのずらずららblog

女優やグラビア系などのアイドルが好きな、半端に映画好きです。カメラとかも好きだったり。基本ものぐさです

毛皮の話その2

30代女性会社員の気になるニュース:毛皮の作られ方を知っていますかへの以前書いた感想(→毛皮の話)の続きです。書こう書こうと思っていたのですが、なかなか書けずにいました。しかも、いつのまにか、はてなブックマークでたくさんブクまれているし(→はてなブックマーク)。

本当に生きたまま皮を剥ぐのか?。仮にそうだとして、その利点は?

人力検索はてなで質問してみました(→毛皮について質問します。「装飾用の動物の毛皮は生きたまま剥ぐ」という話を聞きますが、それが本当だとして、毛皮生産のうち、どれぐらいの割合で行われるのでしょう?。あと、「生きたまま皮を剥ぐ」利点というのは何かあるのでしょうか?。)。そして、その結果と、自分の想像から、以下のような利点があるのでは?と考えました。

  • 毛皮に傷を付けず、かつ安価に動物、特に小動物の動きを止める方法は、おそらく「頭を殴る」。でも、即死させるのはなかなか難しいような
  • 皮を剥ぐ時点で、動物が死んでいる必要はない。抵抗せず、じっとしていれば良い。
  • 死んだ後には死後硬直が始まる。そうなると、皮を剥ぎにくくなることが予想できる。手足を曲げたりするのが大変そう

ということで、殺さない利点はあるように予想します。もちろんこれは素人(僕)の勝手な予想で、本当は違うようにも思いますが。ただ少なくとも「サディストとして動物を苦しめている」わけではない可能性はあると考えます。

ファッションの為に動物を殺す?

先方のコメント欄にあったフレーズ『「ファッションの為に動物を殺す」というのには抵抗があります』。このフレーズにはかなりの説得力があるように感じます。「食べるのは人間の宿命だが、ファッションは必要ない」「毛皮のコートって贅沢品。贅沢のために命を犠牲に」みたいな。金持ち批判にも繋げやすいので、共感を得やすいのかなとも思います。
でも、このフレーズって、危うい感じがします。日本人にとって一番問題なのが、和楽器。三味線(猫の皮)や和太鼓(牛の皮)、鼓(馬の皮)など、動物の皮を使っている楽器はたくさんあります。そして、これらを合成皮革で完全に代替するのは、おそらく無理でしょう。「いやいや楽器は文化であり芸術。毛皮のコートとは違うよ」と言われるかも知れません。しかし、そのセリフ、ファッションメーカーだって言う権利はあるのではないでしょうか?。コートやバッグだって、立派な芸術品でしょう。ファッションって芸術ですよね。
それに、「ファッションとしての贅沢のために殺生をするのはダメで、美食のために殺生をするのは良いのか?。」とも言えます。美味しい食事という贅沢のために、多くの生き物を殺してますよね。だって、人間が生きるためには、タラの芽とかキャビアとか松茸とかを食べる必要なんてないでしょう。で、「石油から化学合成で美味しい主食が出来ました。味や食感も自由自在です。みなさん、殺生をしないために毎日三食これだけを食べてください」って言われたら?。

まとめ

もちろん、人の考え方は十人十色であり、最終的には「個人の考え方・生き方」に帰着しちゃうんでしょう。また、理屈じゃない部分もあるでしょうし。ただ、「理由もないのに、残虐に生き物を扱う」ではない限り、多くの人が共感するのは難しいと考えます。でも、その『理由』がなかなか難しいんですよね。フォアグラなんかも問題になっているそうですし。